鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

なんでパラグライダーをしようと思ったんですか?

最近のタンデム、夏休みシーズンに入ったということで、女子大生とか、お若いお嬢さん方とかが非常に多いです。時にメンバーの方などに、「若い女の子やから、サービスしましたね。」とか言われますが、断じてそんなことはありません!断じてです!!





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と、「ムキになっているところが余計怪しい。」というツッコミが入る前に、自分でノリツッコミ的にツッコんでおいて、そんな訳で今日も、お客さんに女子大生や若いお嬢さん方が多かったのですが、その中のお一人の方に、なぜか空中で、「なんでパラグライダーをしようと思ったんですか?」と質問されました。

実はこの質問、たまにタンデムのお客さんからされるんですが、今日はそれについての回答!?を書いてみようかと思います。

僕がパラを始めたのは1994年。バブル崩壊数年後でした。

その頃僕は東京にいて、非常に小さな零細広告代理店で働いており、バブル最終期に新人として会社に入り、時としてその恩恵を受けつつも、日々鬼のように忙しい中、向いていない営業や接待に疲弊し、休日はその疲れから寝るだけの日々を送り、「何しとるこっちゃか分からんなあ・・・。」という毎日を送っていました。

接待や、夜の飲みなども好きな人がいますが、僕の場合はそれらが根本的にあまり好きではなかったが故、接待は仕事ですからまだ我慢できましたが、特に寂しがり屋で単身赴任の、仕事が趣味というか人生みたいな上司に、断っているのにもかかわらず、なんだかんだ理由をつけられて、無理やり飯や飲みに連れて行かれるのが苦痛で苦痛でたまりませんでした。

そんなある時、バブルが崩壊しました。もちろん、弱小零細会社はその大打撃を受け、仕事はシビアさと厳しさを増し、その一環として経費削減の嵐が吹き荒れました。そのことは僕にとって都合の良いことに、接待や上司の誘いが若干少なくなるという効果を出し始めました。

まあ今から思えば、若造故にそのことは自分にとって好都合でしたが、ビジネスとして考えると、非常に良くない状況でした。実際その数年後、僕が根性がなくて会社を辞めたしばらく後で、その会社は倒産してしまいます。

その時は、会社のことなんて全く考えておらず、バブル気分が抜け切らない若造は、「仕事量もちょっと減り、休日出勤とかも少なくなってきた。休みの日にゴロゴロばかりしているのはよろしくないから、なにかスポーツでも始めようか。」とそんな風に思ったのでした。

なお、当時から変人だった僕は、多くの人がやっているスポーツを同じようにやるというのに耐えられませんでした。さして運動神経もなく、中学は帰宅部、高校は吹奏楽部と運動系の素養は全くなかったですし、ガキの頃から球技はからっきしでしたし、更に協調性がないので団体競技大嫌いという、もうどうしようもない状態だったので、個人でできる何かにしようかとそう考えました。

「あまり人がやっていない変わったスポーツにしよう。」と考えた時、ふと、「空を飛ぶというのはどうだろうか?」と思いつきました。最初にやろうかと考えたのは、スカイダイビング。見た目やイメージが派手だったからというだけの理由です。しかし、調べてみるとあまりにも一回当たりにかかる費用が高いのです。ジャンプするための飛行機代がえらく高かったからでした。

「これは貧乏な自分では続けることができん・・・。」と考えて断念し、では、ハンググライダーかパラグライダーをしようと考えました。

「ハンググライダーは紙飛行機みたいなもんだろうから、下むいたら確実に墜落する。でも、パラグライダーはスカイダイビングと同じようなパラシュートみたいな形で、基本パラシュート(当時のパラグライダーはスクエア(四角)型でスカイダイビングのパラシュートにかなり似ていました。)な訳だから、落ちるリスクは少ないんじゃないだろうか。」と考えた僕は、パラグライダーをやることにしました。(実際のところはハンググライダーを下に向けるというのは至難の業でしたし、パラグライダーも当時はしょっちゅう墜落していました・・・。リスクは形状の問題などではなく、その人の資質や考え方などに大きく左右されることは後に知りました。)

なお、当時の僕の中でのパラグライダーのイメージは、「山でやるサーフィン的なもの。」というものでした。

カッチョイイにーちゃんたちが、イケてるかわいい女子と一緒に、爽やかな高原にある山で大空を飛翔し、時に交流を深める。モテ要素があったり、出会いの要素も少なくなかろうと考えて選択したことも、否めない事実でした。

そして僕は、期待に夢ふくらませながら、埼玉にある、あるスクールへと向かったのでした。

しかしそこには若くて可愛い女の子のパイロットなどはほとんどおらず、蛍光色の変なツナギに身を包み、マニアックな機材ばかりを自慢して一向に飛ぶことのない、丘サーファー的カッコつけのかけらすらない、「オタク系のオッサン」ばかりがうようよいるという、超がっかり空間でした。

ただ、そんながっかり空間ではありましたが、そのおかげでむしろ僕にとっては空を飛びたいという目的の方が鮮明に浮き出されました。

講習バーンで浮遊する楽しさを知り、また、講習バーンの上に飛んできたパイロットにアプローチゾーンが優先されることで、己の練習が邪魔!?されることにより、「くそー、ガンガン練習してはよ上から飛んでやる!!」という変なモチベーションにつながり、更なる練習意欲が湧き上がったことでその後もパラを続けることとなり、後に仕事を辞め、「ちょこっとパラのバイトでもしながら、ライセンスでも取るか・・・。」と、あるリゾート系体験スクールのバイトに応募して採用されたところから、未だになんでなのか自分でも分からないのですが、パラグライダーを仕事にするという人生が始まったのでした。

と、改めて思い出してみると、よくこんな感じで今まで続けてきたなあ、と・・・。まあ、己がええ加減な適当人生野郎だからなんでしょうけれど・・・。

ただ、飽き性なのにパラグライダーだけは続いているというのは不思議です。凄く好きな人ほどは飛びたいと思ったりしませんけれど、なんだかんだで飛ぶの好きだからですかねえ・・・。

まあ、未だに仕事にしているというのは、「他の仕事が見つからない、出来ない、オッサン過ぎて雇ってもらえない。」という、情けない理由なんですけど・・・。


「さすがは変なおっさんならではの理由・・・。」と思われましたら、
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  1. 2016/08/04(木) 23:57:00|
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