鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

精進料理とインド料理の共通点について

 師こと、熊猫刑事(しょんまおデカ)氏より、前回書いたチャナマサラの記事でのコメントで、「ちなみに、精進料理とインド料理の共通点について、師はどう思っているんだ?」と聞かれたので、今回はそれについて記事にしてみようと思います。




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 熊猫刑事氏は、自身のブログ「BBB」の 旅するランチ 012 - 精進カレー定食 - 「こまきしょくどう 鎌倉不識庵」(千代田区神田練塀町)の記事
http://blog.goo.ne.jp/kumaneko71/e/c27f0b17fcf54d235d603900d38088b5

 において、『もしかして、インドのカレーの原点は精進料理にあるのではないかとの思いに至ったのである。』と書きました。

 自分はその記事を読んだ時まず、精進料理とはそもそも何なのか?ということを詳しく調べたことがないことに気づきました。そこで、いつものごとく、ウイキペディアにて調べてみました。

 これによると初期仏教においては、条件付き、または種類などを制限されながらも肉を食べる事ができ、また、上座部仏教圏(=小乗仏教圏。なおこの小乗仏教という名称は、大乗仏教に対しての侮蔑的な意味合いでの名称であるとも言われており、現在では上座部仏教という名称を使用しているようです。)においては現在でも、初期仏教と同じような条件で肉を食べることが許されており、いわゆる菜食を基本とした精進料理は発達していないとありました。

 精進料理は、大乗仏教圏である東アジア地域で、発展していった料理のようです。

 大乗仏教が盛んとなった中国において、その後教義により肉食が禁じられたことにより、その後に大乗仏教が伝搬していった朝鮮や日本においてもその教えが守られ、それらの国でそれぞれ、菜食の料理として発展していったもののようです。

 なおその中には、いわゆる肉や魚などの「生臭物」と同じ扱いとして、にんにくやニラ、らっきょうなどのネギ科の匂いが強い野菜(五葷(ごくん))を食べることを禁じる「禁葷食」(きんくんしょく)というものもあるようです。

 さて、一方インドのカレーは、インドで多くの信者の方がいるヒンドゥー教の教義において肉食が禁じられているため、基本的に外国人旅行者が行くような食堂でないかぎり、菜食メニューのカレーになっています。そしてもちろん、ヒンドゥー教徒の方々は、普段から菜食で過ごしています。

 ただ、インドのカレーでは、五葷と言われるネギ科やセリ科の植物は必要不可欠のものかと思います。深みや味のインパクトづけには、にんにくや生姜、玉ねぎやパクチーなどは必須の材料ですし、なによりそもそも、日本ではカレー粉と言われる混合スパイス類に、生姜(ジンジャー)やにんにく(ガーリック)、コリアンダーシードやアギ(ヒーング セリ科)などが使われていると思われます。精進料理の定義で考えれば、カレーは結構な「なまぐさもの」であると言えるかもしれません。(一部のヒンドゥー教徒は、五葷系の野菜を肉を連想させる食べ物であるという理由で食べないという人もいるようです。)

 という事で自分は、精進料理とインドカレーは、仏教つながりでの料理ではなく、仏教とヒンドゥー教という違った宗教でありながら、どちらも不殺生を教義として、肉食を禁じ菜食としたが故に、菜食という点において共通している。と、そう考える次第です。

 そんな訳で、師の仮説には反論する形になったんだけど、どうだろう?俺も調べるまでは仏教において肉食を禁ずる事が中国で考えられたことだとは知らなかったんだけどね。

 なお、精進料理もインドのカレーもどっちも植物由来の素材しか使ってないから、そのあっさり感や素材の味を活かしたシンプルな味付けで、食べた時に凄く似ていると感じさせるんじゃないかなと思うよ。スパイスも、味や香りのインパクトはあるとはいえ野菜だからね。



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  1. 2014/04/30(水) 23:20:17|
  2. 料理|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

  

コメント

なるほど。
食文化と宗教という面でみれば、仏教とヒンドゥは異文化であり、たまたまそうだったという見解だね。

でも、それは本当に偶然なのだろうか。
その関係は相対性を持っていたとは言えないだろうか。

あらゆる事物は環境にアフォードされているといわれている。
インドという苛烈な地において、食文化が生まれて根付いてきた背景にはその環境が果たした役割は小さくないと思う。

宗教が先だったのか、それともその環境に誘われるように食文化が発達していったのか。仏教が生まれた要因とアーリア人にもたらされ、インドに根付いていったヒンドゥ教が、肉食を禁じ、菜食を重んじる共通項を持つに至るには、その環境要因を合わせて考慮する必要があると思うんだ。

仏教とヒンドゥがどちらが先だったのかは分からないけれど、それぞれ相対性を持って、インドの食文化を形成していったと思う。

  1. 2014/05/03(土) 08:42:46 |
  2. URL |
  3. 熊猫 #-
  4. [ 編集]

インドの宗教

確かに、師がコメントをしたようなことを俺も考えた。

インドにおいて、仏教がヒンドゥー教に、また、ヒンドゥー教が仏教に影響を与えたのではなかろうかと・・・。

しかし、ネット上で軽く調べた限りでは、宗教についても、菜食主義についても、それらの相関性を深く考察した資料は出てこなかった。

まあ、日本語のみで調べれば、当然そういう結果にしかならないんだろうけど・・・。英語で調べれば、色々と出てくるんだと思う。

ただ、インド最古の宗教である、バラモン教(ヴェーダ教)・ジャイナ教・仏教、そしてバラモン教を基として後に発展するヒンドゥー教共に、菜食へとつながっていく思想として、アヒンサー(=非暴力)という考えが大きく影響を与えていることは間違いないようだ。

いわゆる、生き物を殺したり、害したりすることを禁止するという概念だ。

ただ宗教は、それぞれの教義では人同士仲良くすることを推奨しているのに、他の宗教とはいがみ合い、罵り合い、攻撃することが多いように思う。

これは、初期の宗教の理念から、発展を図るがために商売=利益の追求に走り、ライバルを蹴落とすことが至上命題になるからなんだろうと思うけど・・・。こうなるとまさに宗教の意味なんか何も無くなってしまって本末転倒だよね。

よって、信者獲得のために、他宗教のいいとこ取りみたいな形で、お互いに影響を与え合ったという面はあるかもしれないけれど、特にその宗教が隆盛期を迎えた時や、教義などが成熟した後にはほぼ皆無だったのではないかと俺は思う。

そんな訳で、インドに古代から根付くアヒンサーという考え方が、各宗教の理念ともなり、インド各地に菜食を根付かせていったと考えるのがいいのかもしれないと俺は思うよ。

なお、菜食主義のことを調べると、このブログでも何度も書いているように、俺はいつもこう思うんだ。

「動物はダメで植物はいいんすか?物言わないだけで、植物も引っこ抜いたり、包丁で切ったるする時は、「ギャー、痛えよぉ!」とか言ってるかもしれないすよ。」・・・と。

生きているものを人が食べてるということでは、動物でも植物でも同じで、菜食であれ肉食であれ、その罪深さのレベルは同じじゃないかと思うんだよね。

だから、クジラやイルカは賢いから殺すのは可哀想そうだとか真顔でいう人達に、俺がゾッとしたものを感じるのも、「んじゃあ、牛はアホだから殺してもいいんだと言ってんの?」と、上記と同じようなことを思うからなんだ。

という事で、動植物を食べるのも、毛皮を着るのも、無駄に殺して剥製を飾るのも、象牙ではんこを作るのも、ペットを自分の都合で捨てたり殺したりするのも、同じ殺生な訳だから、それらをできるだけ減らそうという考え方は、良いことだと思う。

ただ、それがおかしな感じになって主張されると、時に変な違和感を感じることがあるんだよね。

こういうの、ほんと難しいなと思うよ。俺自身、書いてて支離滅裂になってるし・・・。

  1. 2014/05/03(土) 23:25:01 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

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