鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

オレたちの深夜特急 日本帰国

 遂に僕の旅が最終日を迎えることになった。




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 朝3時に起きた僕は、真っ暗な中宿の兄ちゃんを起こして扉を開けてもらい出発した。

 朝が早いので少し心配していたのだがタクシーはバリバリに走っていて、その中の一台を停めて空港までの料金を聞くと、やはり100ペソだという。

 「いやあ、空港までは50ペソでしょ。」と、ちょっとした交渉を行うと、比較的あっさりと50ペソになった。

 無事空港について自分が乗る飛行機の表示を掲示板で確認すると、なぜか何も情報が無い。そんなに時間に余裕が有るわけでもないのに何もないというのが不安になったので窓口で聞いてみると、問題無いという。

 「何が問題ないねん。その後の飛行機の表示とかもあるのに・・・。」と思いながら待っていると、突然チェックインの表示と共にその飛行機の情報がボードに出てきた。どうやらただ単に、その飛行機のチェックイン担当の来るのが、少し遅かっただけの事のようだ。

 素早くチェックインをし、ロビーでぼーっとしながらラジオを聞く。フィリピンはFM局が非常に多く、色々なジャンルの放送を楽しむことができた。

 しばらくして、出国手続きを行ったが、やはり大荷物のドレッド頭の日本人は怪しかったのか、タブラー(インドの太鼓)のケースを、開けてくれと言われる。どうも、X線で見つかったチューニング用のかなづちが引っかかったようだ。

 きちんと説明するとあっさり放免となったのだが、そのまま開放はされなかった。次は自分の髪型について聞かれたのだ。「その髪型、どこでやったの?地毛?」と聞かれたので、「タイで。地毛だよ。」と答えると、係員の多くが、「いいねえ。」という。その褒め言葉は本気なのかお世辞なのかは分からなかったが、既に彼らはセキュリティー的なチェックではなく、ただの好奇心で聞いているだけなのは良く分かった。

 待合室に入ってしばらくすると、暗かった外から朝日が登って明るくなってきた。そして搭乗が開始された。

 自分の席に行くと、おばちゃんが既に座っている。「そこは僕の席なんですけど。」というと、そのおばちゃんも、「ここは私の席だ。」と言う。スチュワーデスに確認してみると、どうやらダブルブッキングらしい。

 中国系のおばちゃんは、中国系の人にありがちなパターンで、「私は絶対に移動しないわよ。」と言う。その態度にとても腹が立ったが、しょうがないのであいている席に座ったのだった。

 そして機内のテレビに表示された案内を見た僕は驚いた。この飛行機、なんと関空直通ではなく、セブ島経由だったのだ。さすがは格安チケット。やられた・・・。まあ、しょうがない。

 しばらくすると飛行機は飛び立ち、僕はいつもの様に眼下のフィリピンの景色を眺めた。山々や島々を見ながら飛行機は上昇し、約一時間後に飛行機はセブ島へと到着した。ここで結構降りる人もいて、乗ってきたのは少々の団体客だけ。自分が座った席はなんの問題もなく、僕はそのままそこに座っていることができたのだった。

 一時間ほどセブに停まったあと、再び飛行機は出発した。昼食が出たのだが、朝食の時英語で話しかけてきていた日本人のスチュワーデスさんは、その後朝日新聞を頼んで持ってきてもらったこともあって、この時は日本語で話しかけてきた。僕のドレッドが怪しすぎて、到底日本人には見えなかったのだろう。僕はちょっと苦笑した。

 食後は英語もわからないので映画を見ることもなく、僕は本を読みふけっていた。そして、徐々に飛行機が高度を下げ始めてきたかなと思った時は、僕は新聞を読んでいた。周りはかなり雲が多かった。

 新聞には、桜が咲き始めた頃から、日本は雨の日が多いと書いてあった。この雲もその雨雲の一つなんだろうか、日本は天気が良くないのかななどと思いながら、日本が近づいてきたことを如実に感じて、僕はドキドキし始めた。

 「おかんは一体、どうなっているのだろう。」

 今まであえてできるだけ考えないようにしていた事が、吹き出すように不安となって心に吹き荒れてきた。

 「帰りたいような、帰りたくないような・・・。」

 そんな気持ちの中、飛行機は否応なしに高度を下げ、遂に和歌山であるらしい陸地が見えてきた。そして飛行機は、小雨にけむる関西国際空港に到着した。僕は約4ヶ月程の旅を終え、遂に日本に戻ってきたのだった。

 関空に到着するのは初めてだったのだが、特に迷ったりすることもなく、モノレールに乗り、素早く入国手続を済ませると、今度はターンテーブルへ。ロストバゲージもなく、目をつけた若いおねーさんがいる税関員のとこへ向かったのだが、タッチの差で他のバックパッカーの兄ちゃんに先着され、横にいたおっさんが手招きするカウンターへ、僕はしぶしぶ移動することになった。

 怪しい風体から別室への移動を通告される可能性が高いと僕は踏んでいたのだが、タブラーのケースを開け、そしてまた、ドレッドヘアーのことを聞かれただけで、僕はあっさり開放された。正直、かなり構えていたので拍子抜けしたのだった。

 南海電車に乗り、淀屋橋へ向かう。小雨の中、まずは難波まで。線路沿いには桜が咲き、すっかり春らしくなっていた。一つの季節を旅で過ごすとかいうことは今までになかったので、少し変な感じがした。

 難波からは淀屋橋まで御堂筋線に乗る。道中、ティッシュ配りをしていた緑頭の兄ちゃんに、ドレッドを限りなく凝視される。この髪型は、緑頭の兄ちゃんと同種の人種がする髪型らしい。

 その後淀屋橋で京阪に乗り、出町柳駅についた僕は、すぐさまタクシーを拾っておかんの入院している病院に向かった。

 不安で爆発しそうになりつつ、病院についた僕は、おかんのいる病棟を聞き、病室に入った。そこには、僕が思いもしなかったおかんがいたのだった。

 つづく

この記事は、リンクコラム形式になっており、記事中にも出てくる熊猫師(師)のブログ、「BBB」Beer Beer Beerでは、同時期における、彼の視点から見たアジア旅行について書いています。(アジア旅行編第一便は既に完結。先日、第2便も最終回を迎えました。)楽しんで頂けるかと思いますので、

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「BBB」 オレたちの深夜特急シリーズ
是非ご覧下さい。

 ※このアジア旅行は1996年から1997年にかけてしたものです。現在の各地の現状とは大きく違うと考えられますので、旅行者の方の情報源とは成り得ないと思います。ご注意下さい。


おかんはどないなっててん?はよ続き書け!と思われたら、
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  1. 2014/03/31(月) 21:46:14|
  2. 俺たちの「深夜特急」|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

  

コメント

帰国は特別なものだね。
地上に降りたときの懐かしさ。なんだかやたらとテンションが高くて。

桜の季節。
ちょうど、今時分のことだね。
その風景が目に浮かぶよ。

  1. 2014/04/02(水) 08:20:07 |
  2. URL |
  3. 熊猫 #-
  4. [ 編集]

この時は

 おかんのことがあったんで、俺は正直日本に戻るのが怖かった。現実を直視するのが嫌だったんだよ。

 まあ、大体が俺のこの長期旅行には、多分に現実逃避の部分もあったからねえ。

 今思い起こせば思えば俺、海外に行った後、日本に帰る頃になると、帰国するのが嫌だなと思うタイプだったように思う。

 基本、どうしようもない現実逃避野郎なんだな。

  1. 2014/04/02(水) 21:16:52 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

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