鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

再び廃村八丁へ

 10月の中旬、爆風でフライトができなくなった京北エリアからの帰り、山に行ってみることにしました。


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 京北エリアの近所にある山は?と調べてみると、北東にある小塩という集落から林道を通って、卒塔婆山-廃村八丁へと向かうルートを発見。「もう一回廃村八丁に行ってみるか。」と、このルートを歩いてみることにしました。

 2010年に行った時の廃村八丁の記事はこちら↓
http://onitobi.blog20.fc2.com/blog-entry-1181.html

 小塩の集落から、そのまま車で未舗装の林道に入ってそこそこ行ったところで、徐々に道が荒れてきて、普通車では厳しい感じになってきたのですが、ちょうどそこらでチャリを置いて休憩している若者たちがいたので、「あとどれくらい行ける?」と聞いてみると、「あとちょっとだけです。その先は崩落してますんで。」というので、バックして、ちょうど邪魔にならない駐車できるスペースがあったので、そこに車を停めて出発しました。

 チャリの兄ちゃんが言っていた通り、数百メートル歩くと、沢沿いにある林道が、道と沢の間にあったコンクリの壁だけを残し、道の土が跡形もなく流され、数十センチ下の岩盤がむき出しになっていました。

 その先の山肌に急峻な細い沢があったのですが、その下に大量の流木やガレキ、岩があったところを見ると、ここで鉄砲水が発生して広い沢に大量の水が流れ込み、更には沢から溢れて林道の土砂を削りとり、最終的にはそこも川と化したと思われます。

 沢の幅は5m程、林道の幅は3m程あったので、想像を絶する大量の水が流れたことが考えられます。改めて先の台風の、尋常ではない降水量に驚きつつ更に先へ進むと、廃村八丁へと向かう道の案内標識が現れました。

 林道横の沢を渡って、登山道へ入りますが、いきなり、かなり急峻な尾根を直登する形となり、キツく、強烈な斜度な上滑りやすく、そこを登って行くに連れて下まで障害物もなくズドーンと見えるその高さに、いきなり最初からちょっと怖い思いをすることになりました。

 ただ、ここを登ってしまえば、見た目が怖いこともなくなり、杉林の中をつづら折り的に登っていく形となります。
 
 この間まではまだ山を歩くとセミも鳴いていたのに、全くそんな鳴き声も聞こえず、登山道には黄色くなったり赤くなった落ち葉が見え、秋の訪れを感じます。どんどん登って行って、ソトバ峠に到着です。

 ここから左の尾根を登り、ソトバ山へと向かいます。少し行くとこんな奥地なのに結構立派な林道が見えました。なんとカーブミラーまであったりします。国内林業が衰退しきった今、ここまで立派な林道は正に税金の無駄遣いではないかという思いが湧き出てきます。全長65kmにも渡る、「丹波広域基幹林道」というらしいです。

 一旦この林道に降り、すぐにまた尾根を登る形で上がっていくと、ソトバ山山頂に到着します。なお、ソトバ峠をそのまま進んで、林道に出てから左に折れ、ソトバ山に向かうことも可能です。

 山頂は、特に目立った眺望もなく、いつものアイデンティティーの証明である、頂上案内板がいくつか見えるだけでした。ここでお昼にしようかと思っていたのですが、北風が強く快適ではなかったのでやめにして、先の林道を少し下って、分かり易い案内標識のあるところから、それに従って廃村八丁へ向かう登山道を下り始めます。

 なお、この場所にはソトバ山についての解説案内板もあったのですが、卒塔婆=梵語のステューバ=塔=墓という由来であり、昔、風葬を行っていたというところから来ているという解説がありました。

 「風葬???」と思って帰ってから調べると、なんと平安京時代の京都では、風葬をしていたことがあり、清水寺近辺にあった「鳥辺野」(とりべの)、嵯峨野近辺の「化野」(あだしの)、船岡山、紫野近辺の「蓮台野」(れんだいの)については、京都三大葬送地と呼ばれ、身分の低い人達については、そこで風葬や鳥葬をしていたらしいです。(鳥辺野については鳥葬から来ているという説もあるようです。)ちなみに、「野」と付いている地名は、その昔は葬送地であったことが多いようです。

 日本は昔から土葬だとばかり思っていたので非常に驚きました。なお、京都の千本通は、葬送地へ向かう葬列が通る道で、千本の塔婆が立ったことからその名が着いたという解説もあり、中々きっついなあとそんな風にも思った次第です。

 ただ、そんなちょっとショッキングなエピソードも、今では全く信じられないほど、ソトバ山は自然で溢れかえって爽やかな風と明るい太陽が降り注ぎ、どこにもおどろおどろしい雰囲気などない山でした。

 立派な林道から、谷筋を下って廃村八丁へと降りていきます。ここら辺りも沢が荒れ、登山道が崩れていたりして先の台風の被害を思い知らされます。どんどん下って行くと、やがて道は平坦になり、小規模な墓地を過ぎてしばらく行くと、廃村八丁の元分教場へと到着しました。

 前に来た時より、建物は朽ちていて、以前この辺りにあった常駐しているらしいおっさんの小屋も倒壊していました。「こりゃあ静かになってていいなあ。」と思って先に進むと、でっかい声でわーわー言っているおっさんが・・・。ちゃっかりピラミッド型の建物を占有して住処にし、今はここに陣取っているようでした。

 静かな山の雰囲気をぶち壊すどでかい声が、個人的にどうにも嫌なので早々に戻り始め、以前行かなかった朽ちた神社を見たりした後、分教場跡でお昼を食べ、元来た道を戻りました。

 それにしても、はやりのルートなのか、この結構急な山道に、チャリで来ている若者が数組いたのには驚きました。担いで歩くの必至ですが、軽い良いチャリに乗ってるからなんとかなるんでしょう。

 一方の歩きの方の自分は、山歩きの最後に登り始めに出会った急峻な尾根を下るのが、見た目が非常に怖くてスリルがあり、ちょっとビビリましたが、滑落することもなく3時間ほどの山歩きを無事終了。久しぶりにそこそこ歩いたので筋肉痛になりました。



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  1. 2013/11/29(金) 00:24:13|
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