鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

オレたちの深夜特急 ネパール編 ポカラ6日目 「出発」

 ポカラを出発する日がやってきた。



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 朝6時に起き、ホテルに朝御飯をごちそうしてもらって、宿のおじさんにモモレストラン前のバスの出発口まで連れて行ってもらう。このポカラでの宿のおじさんには、本当に色々と良くしてもらった。親切でいて、あまりしつこくない感じが、特に人付き合いのよろしくない自分にはちょうどいい感じでありがたかった。

 おじさんに別れを告げ、今度は、これまたポカラではよく通ったモモレストランのおじさんにチャイをおごってもらってバスを待つ。

 昨日の夜、デブラージュとは今日の朝の見送りの約束をしたのだが、寝坊をしたのか彼は結局バスの出発までやってくることはなく、僕はかなりがっかりした。

 そんな僕を乗せたボロいバスは、後部から黒煙を上げつつ発車した。僕の隣にはラッキーな事に、ちょっと可愛い日本人の大学二回生だという女の子が座った。これで退屈した時は話しをすることで時間を潰せる・・・。そう思って僕は喜んだ。

 バスはすぐさまポカラを出ることはなく、ポカラをぐるりと回りながら更に客を拾い、そして本格的にインドへと向けて出発した。

 山間部をバスを走り始めると、所々で楽隊や、踊りを踊る人達、そして子供たちがバリケードのようになって道を塞ぐ光景が頻発し始めた。初めて見た時は、凄い人達がいるなとただ面白がっていたが、そういった集団に何度も何度も会うようになってくると、「お前らはなんの権利があって、俺がゆく進路を塞ぎ、到着を遅らせようとするんだ。」と、腹立たしい気分になってきた。

 初めは集団の物乞いかと思っていたのだが、しばらくしてそれはどうやらホーリー(インドの非常に有名なお祭り)前の、祭り用寄付を募るものらしいということがわかってきた。ただ、最終的に20ヶ所を超えるその集金地獄に、僕は本当に辟易したのだった。

 途中昼飯時に、何を思ったか肉カレーを注文してしまった僕の皿の肉に、取りきれていない毛があって、その不気味さを思い出す度に背筋に寒いものを感じつつ、やっと山をこえ、乗客にインド人系の人達が増え、道行くリクシャーが増えるのを見て、僕はそろそろインドに近づいてきているなと実感し始めた。

 結局、16時位に国境に到着した。8時間ほどもバスに乗って、まだ国境に到着しただけなのだ。そう、ネパールの山道は、それほど曲がりくねってハードな道なのである。

 国境では両替レートが悪いので、2日ほど過ごせる分だけ両替し、早めの夕食をとり、イミグレーションに向かってインドに再入国。ここで、ネパールから乗ったバスではなく、別のバスに乗り換えてバラナシ(ベナレス)へと向かうことになった。

 予想はしていたが、ポカラで手配したバスは、思った通りツーリストバスなどではなかった。うまくいけばバラナシまで一直線!と僕は思っていたのだが、やはりそうは問屋が卸さなかったのだった。
 
 ポカラで600ネパールルピーも払ったのにそりゃないだろうと思う一方、さすがインド・ネパールと感心もしつつ、僕はバラナシへと向かうバス停へと向かう、ツアー会社が手配したリクシャーへと乗り込んだ。

 嫌な予感がした通り、リクシャーワーラー(リクシャーの運転手)はバス停へ着くとリクシャー代を要求してきた。「それは、ツアー代に入っているはずだから、おっさんは既に料金をもらってるでしょ!」と要求をはねのけ、バス停にいたネパールサイドのバス手配師の兄ちゃんに、そのことについてキツくクレームを入れた。

 そして、これまた「こんなんで果たして夜通し走ってバラナシまで行けるんかい!」と思うようなおんぼろバスに乗り込み、垂直になったパイプ椅子のような粗末なシートの椅子に座って「ああ~、やっぱりインドやな。」と、諦めたように僕は独り言ちした。

 このバスでは、もう一人別の女の子と話すようになった。なんだかんだ話していると、彼女はデブラージュの持っていた手帳に、メッセージを残した女の子だという。「バックパッカーの世界は結構狭いな。」と僕らは笑いつつ、またその偶然に多少驚きもしつつ、夜も更けて真っ暗な闇を走るバスの中で、苦しげに体を折り曲げて何とか眠りを取ったり、時に無理やり隣の座席にも体を預けて横になって眠ったりして、遂に翌朝の早朝4時頃、途中数十回にも渡って停車した超鈍行バスは、バラナシへと到着したのだった。

 そして、前日朝から丸一日にも渡る僕のバスでのネパールからインドへの帰還は、幕を下ろしたのだった。


 つづく

この記事は、リンクコラム形式になっており、記事中にも出てくる熊猫師(師)のブログ、「BBB」Baseball馬鹿 Blogでは、同時期における、彼の視点から見たアジア旅行について書いています。(アジア旅行編第一部は既に完結。現在は第2部が進行中。)楽しんで頂けるかと思いますので、

↓ こちらをクリックして頂いて、
「BBB」 オレたちの深夜特急シリーズ
是非ご覧下さい。

※このアジア旅行は1996年から1997年にかけてしたものです。現在の各地の現状とは大きく違うと考えられますので、旅行者の方の情報源とは成り得ないと思います。ご注意下さい。 

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  1. 2012/09/01(土) 20:35:12|
  2. 俺たちの「深夜特急」|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:4

  

コメント

あ〜、懐かしいなぁ。
自分のネパール〜バラナシの光景を思い出すよ。
乗り換えはしなかったけれどね。

しかし、ネパールの道路は怖かったね。
ちょっと間違えれば、バスは谷底だからね。

俺の時は落石もあったし。

今は、少しは道路事情もよくなったのかなぁ。

いよいよ、クライマックスのバラナシだね。

  1. 2012/09/06(木) 00:27:41 |
  2. URL |
  3. 熊猫 #-
  4. [ 編集]

記憶の喪失

俺、今となっては日記を読み返しても、そのシーンの殆どを覚えてないんだよなあ・・・。

覚えている場面も、映画ロボコップでロボコップがぶっ壊れ、以前の記憶が断片的によみがえるシーンみたいに、どうでもいい風景なんかがちょこっとだけ思い出されるって感じだ。

ほんと、使えない記憶能力しかない自分に、「せっかく行ったのに、もったいないなあ・・・。」と思ってたりする。

ネパールの道路のやばさとかも、ほとんど覚えてないし・・・。

さて、俺の俺深も、遂に佳境に入ってきたよ。バラナシ・カルカッタ(コルカタ)で、この長かった旅の記録も終わりだよ。

けど、バラナシにまた結構いたんだよなあ・・・。

  1. 2012/09/06(木) 21:42:14 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

いやいや、その後のカンボジア、ラオス編も是非続けてくれ。
師よ。

  1. 2012/09/07(金) 14:17:52 |
  2. URL |
  3. 熊猫 #-
  4. [ 編集]

あぁ!

そういえば、カンボジアラオスにも行ったんだよね。この数年後に・・・。

ただ、その時は本当に始終寂しさが爆発して、日程の途中で切り上げて帰ったくらいだから、ほんとなんにも書くことがないような気もする・・・。

まあ、根暗アジア旅の記録としてそれはそれでひねくれまくってたりして面白いかもしれないけど・・・。

そういえば、この時の日記ってあったっけと思って見てみたら、ちゃんと書いてた。ただ、始めの方は鉛筆で書いてたんで、擦れて文字がメッチャ読みにくくなってたけど。

軽く読んだら数日目で既に激しく寂しがってて笑ったよ。

ま、この俺深が終了したら、師みたいにしばらく休憩してから再開してみようかな。







  1. 2012/09/07(金) 15:39:54 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

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オレたちの「深夜特急」〜マレーシア編 クアラルンプール?〜

クアラルンプールも魔都だった。
  1. 2012/11/29(木) 07:05:53 |
  2. 「BBB」