鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

オクターと深泥ヶ池に行く

 ラストの夕方の散歩となるこの日、オクターと深泥ヶ池に行きました。



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  深泥ヶ池というのは、京都市北区にある湿地及び池で、貴重な動植物が存在しているために天然記念物となり、現在では手厚く保護をされている、京都では有名な池です。
 
 ただ、僕がガキの頃には、周辺地域の開発及び、公害や衛生的な問題、動植物の乱獲などの影響もあって、水質や環境がすこぶる悪くなり、ヘドロ化して悪臭を放っていたような池でもありました。しかし現在では、池の自然保護の重要性がかなり周知され、また前述のように管理保護されたがために、環境はすこぶる改善したようです。

 また、昔のこの池周辺は、夜になると車や人通りも少なく、かなり暗かったこともあって、ガキの頃は様々な怪談や、心霊スポットとしても大変有名でした。

 池の近くで女の人を乗せたタクシーが、目的地まで行って後ろを振り返ると、女の人はどこにもおらず、その人が座っていたシートが、ぐっしょりと濡れていた。とか言う話しや、実際に僕らの同級生とかで、「チャリで池の横を走っていた時、ずぶ濡れの女の人が池の真ん中の水面に立っていたのを見た。」とか、そんな話しが度々出るような場所だったのですが、これも今では付近に多く家が立ち並び、周辺の道路や街灯なども整備され、夜の車通りがとても多くなってきた頃には、聞かれない話しになってしまいました。

 と、話しは大きく枝葉が伸びまくりましたが、オクターのこの日の夕方の散歩は、深泥ヶ池を目指して、まずはうちの向かいにある山を直登するというところから始まりました。

 うちの前にある山の斜面は、これが結構急で、大人でもそこそこまで登ると、その斜度に滑落の恐怖を覚えるような結構な斜面なのですが、おっちゃんもおばちゃんも、小さな頃この山の斜面を登ってギンギンに遊んでいたために、未ださして恐怖を感じることなく登れたりします。

 もちろん、低重心で四輪駆動であるオクターも、この程度の斜面は問題にすることなど全くなく、おっちゃんおばちゃんの先の方に行っては後ろを振り返り、「なんです?まだ来ないですワンか?」みたいな顔をしながら、グイグイ上がっていきます。

 そんな顔して、初めの頃はこんな斜面を上る時にはびびって足止まってたし、ましてや下りは結構こないだまでビビってた癖に・・・、などと思いつつ、急な上りに息を弾ませて尾根までついた後は、ちょっとしたむき出しの岩をかわしつつ、尾根上を「妙法」の方へと進んでいきます。

 このルートもほんまにようオクターと歩いたなあ・・・。などとおばちゃんと話しつつ、法の上あたりに到着。更に先へと進みます。




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先を行くオクターとおばちゃん










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おっちゃんは何しとるワンか?










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えへへへへっ




 もうそろそろ宝ヶ池に降りていくというところで、また写真を撮りました。




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花粉よけのマスクをしたおばちゃんとふんふんオクター










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かい~の~










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うへへ










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えへへへ










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アハハ




 オクター、今見るとかなり嬉しそうです・・・。で、宝ヶ池に降り、少し池の周りを歩いて、再び山に入り、道無き道を適当に登って、再び尾根に出て、宝ヶ池通のトンネルの上にある山を歩く形で、西山にある配水池の北西側に出て、そこから深泥ヶ池に降りていくというルートを取りました。

 なぜ、こんなマニアックなルートを知ったかというと、実は、この散歩の数日前に、うちの家から岩倉幡枝-円通寺-上賀茂本山-深泥ヶ池-山経由で宝ヶ池、というコースで散歩をしていたからなのです。なお、その時の散歩では深泥池貴舩神社という、小さいながら中々歴史のある、マニアックな神社を見つけたのでした。

<以下 神社にあった由来より>

深泥池貴舩神社の由来

 深泥池の旧鞍馬街道には、保元2年(1511年)に、京の六地蔵の一つ、御菩薩池(みどろいけ)地蔵(現鞍馬口地蔵)が祀られ、室町時代には関所が置かれていた。
 当神社の御祭神は、高霎神(たかおかみのかみ)と申し上げ、雨水を司る龍神で、古くから鞍馬山麓の貴船に鎮座せられる貴船神社の分社として、深泥池の農民によって、勧請したものである。
 貴布禰総本宮 貴船神社は平安遷都より、皇居の御用水と人々の生活用水や農業用水である賀茂川の水源にあたる所から、川上神(弥都波能売神(みずはのめのかみ))と水を司る高霎神が御祭神として朝野の尊崇が篤く、洛中からの参詣が絶えなかった。
 しかし、本宮への参詣に遠くて大変だったので、寛文年間(1660~70年頃)の10月23日に、御分霊が行われ、街道筋の当地に鎮座され、農耕をはじめ、住民の安寧、除災招福の守護神として信仰され、今日に至っている。

    例祭は10月23日 平成7年11月吉日 深泥池貴舩神社奉賛会


 と、このようなことが書いてあったのですが、神をも恐れぬぶった斬り具合で分かりやすく書くと、蔵馬にある貴船神社が遠くて行くのがしんどいんで、横着参拝をするため、近場のここに神さんを持ってきて、貴舩神社別館にしたということのようです。

 結構、昔の人も横着をしてるんですね。そう言うと愛宕山でも、7月31日の夜に参拝すると、千日間の功徳を得られるという「千日詣り」というのもあったりします・・・。

 で、ここの神社にはもうひとつ、すぐきの神様とされる「秋葉神社」という神社もありました。

<すぐきの神様秋葉神社の縁起>

 昔みそろが池は、七つ森七軒村と云われ、一番森を消し山と称し、火伏の秋葉神社が1200年前から祭られていました。所が此の神社が神仏混交であることを因として、明治の廃仏棄釈の令により、賀茂社の社家が社を打ち壊しました。
 翌年の3月春、修復を怠った村に大火が発生し家財農具も一切が消失しました。失意の村人達が焼跡を整理していると、どの家の跡にも漬け物桶だけが焼けながら中身が焼け残っていました。疲労と空腹に耐えていた人々か其の漬物をあけると、「あっ火が入っている。いい匂いがする」と村の村長が漬物の茎を一本試食しました所「酸い茎や」と云いました。
 これが「すぐき」発祥の歴史であります。火の神である秋葉神社の神様が私共に罰を与えると共に反省を求め、生命の根源である酵素の漬物を恵み賜ったのであります。

  秋葉神社再建 平成4年1月7日 文責 柴垣光男 記

<以上>

 という事で、これも神をも恐れぬ超要約文で書くと、『火伏せの神として村を守ってきた神は、明治時代に社を壊された腹いせに、村を大火におとし入れる。バチが当たった村人が焼け残った漬物桶の漬物を食べた所、酸っぱい茎があり、これが「すぐき」発祥となった。』ということらしいのです。

 が、ウィキペディアとか、すぐき漬けの有名店などのHPで調べてみると、元々がすぐきかぶら、酸茎菜という名前の野菜だったようで、明治の大火で酸い茎や、といったからすぐきになった訳ではないようです。

 このすぐきかぶら、秘伝の野菜として京都は上賀茂地区でしか栽培されておらず、また、このすぐきの漬物は、江戸時代に、今と違って発酵を促進するために加熱室に入れるとかではなく、冬から夏前まで軒下において自然発酵させることで作っていたようです。

 ちなみに現代でのすぐき漬けの旬は、加熱室に入れてから一週間ほどで仕上がるので冬から春です。日本では珍しい乳酸発酵の漬物のようで、整腸作用があるとされ、ヨーグルトとか健康食品なんかで聞く「ラブレ菌」は、このすぐき漬けから発見されたらしいです。

 なお、すぐきの味は名前の通り、乳酸発酵されていることでかなりすっぱい漬物で、結構癖があり、京都の漬物では同じく乳酸発酵で作られるしば漬けと並んで、好き嫌いの分かれる漬物といえるかと思います。ちなみに僕はすぐきは好きです。特に茎のほうが好きだったりします。

 なお、しば漬けですけど現代では、ただ酢漬けにした「しば漬け」がほとんどなようです。乳酸発酵して作るものは、生しば漬けと呼ばれているようです。ちなみに、本物?である生しば漬けは、きゅうりは使っておらず、ナスと紫蘇のみで作られます。コリコリする定食屋とかで出てくるきゅうりのしば漬けは、酢などの調味液と赤や紫の着色料に漬けた「しば漬け風」の漬物で、本来京都で作っていたしば漬けとは違うもののようです。知ってました?自分も調べるまではっきり違いを認識してませんでした・・・。

 という事で大きく脱線しましたが、以前の散歩の時に見つけたルートを、今度は逆から歩くという形だったので、マニアックなルートながらも、なんの問題もなかったのです。

 宝ヶ池の西サイドから、道無き道を適当に上がって尾根にとり付き、尾根上を歩いて行くと宝ヶ池通にあるトンネルの上らしきところに出ていきます。更に歩くと下り始め、木などがない開けたところに出てきます。

 この南側は、柵で周りを囲まれた浄水場の配水池の敷地になっていて、立ち入りは禁止です。僕らは開けたところをそのまま通過して、また登り始め、ちょっとした山の頂と思われるあたりから、今度は深泥ヶ池にむかって斜面を下っていきます。

 道らしい道はほとんど無いに等しいのですが、それなりに山道を歩いた経験のある人で、周辺の地図などを見ていたり持っていたりすれば、なんとなくどう行けばいいかイメージできるかと思います。僕はスマホのマピオン地図で確認して、前回も特に問題なく歩くことができましたので・・・。

 で、降りていくと深泥ヶ池の東端辺りに出てきます。深泥ヶ池は池のすぐ南側に、人が歩ける道がありますので、そこを西側に出てくれば、深泥ヶ池の南西側に出てきます。表通りから見る深泥ヶ池とは全く違った、静かで趣きのある池の風景を、十分に楽しむことができました。




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池南側にある道から見た深泥ヶ池










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ぬお?なオクターくん





















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杜若(かきつばた)らしい花が綺麗に咲いていました










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 静寂と自然いっぱいの、ちょっといつもと違う「深泥ヶ池」を堪能した僕らは、妙法の南側を歩いて、途中、おばちゃんが夢だったという、「パン屋さんで、犬を外に繋いでおいてパンを買ってくる。」というのをした後、家へと戻り、夕方最後となる長めの散歩を終えたのでした。

 ラストの夕方の散歩は、おもろかったか?オクター。それにしても、ほんまに明日行ってまうんやなあ・・・。

 と、おっちゃんはオクターを撫で撫でしながら、そんな風に思ったのでした。



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  1. 2012/05/26(土) 00:32:15|
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