鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

オレたちの深夜特急 一路ネパールへ、地獄の3日間移動 壱

 朝6:30起床、出発の用意をして、いつも飯を食っていた店に朝飯を食べに行った。まさにケチケチのたった2ルピーを、店の少年にチップとして渡して、僕はカジュラホにさよならをした。



 8:30出発、バススタンドへ。しかし、9:30に出発するというバスが待てども待てども来ない。

 遅れるのが当たり前のインドといえちょっと遅すぎると思い、バス会社のスタッフに聞くと、9:30の便はキャンセルで、次に出るバスは15:30という。それでは全くうまく移動ができない。すこしばかり途方にくれていると、偶然にもそこに、泊まっていた宿のスタッフの兄ちゃんがやってきた。

 なんとかならないかと相談してみると、「15:30のバスなんて待たずに、別のバスで近くの町まで行って、そこからサトナ行きのバスに乗ったほうがいい。」という。俺について来いというんで、兄ちゃんついて行ってバスに乗る。と、そこにあの怪しい自称学生君がいた。とりあえず、別れの挨拶だけはしておく。しかし、彼は一体、毎日なにをしてるんだろうか?本当に今は夏休みなんだろうか?

 バスでしばらく走り、兄ちゃんにここだと教えてもらって、僕はバスを降りた。兄ちゃんは、なんと僕のバス代を払ってくれていた。心から感謝の言葉を述べて彼と別れ、次のバス乗り場を探す。しかし、どこにあるのか分からない。道行くインドの方々に聞いてみるが、要領を得ない。田舎過ぎて英語を喋れる人がおらず、全く話しが通じないのだ。

 しょうがないのでとりあえず昼食をとることにした。近くにあったスナック屋で、サモサとチャイを頼む。その店で、隣りにいたおっちゃんに聞いてみると、バス停、というかバスが出発する場所は、目の前だというではないか。僕はすっかり安心した。

 何度か現れては客引きする乗合ジープを飽きるほど断り続けたころ、遂にバスがやってきた。ただ、バスは満員だった。しばらくの間は立って乗り、サトナへ向かう。田舎のバスの定番とも言える幾度もの停車を繰り返し、サトナについたのは18時頃。今度はオートリクシャーで鉄道駅へと向かう。切符売り場で寝台車の指定席を取ろうとしたのだが、指定はないようで乗って空いていたら、そこに潜り込めと言われる。

 切符を買った僕は、夕食を食べるために駅を出てうろうろした。飯屋はすぐに一軒あったが、高かったので他を探す。しかし、他の店は見つからず、とりあえず列車出発の時間が近づいてきたので、チャイだけ一杯飲んで駅に戻った。

 駅に戻る途中、駅まで5ルピーで行くというリクシャーが寄って来た。が、こっちは駅から来たんで距離は知っている。リクシャーワーラーはたったの200mで、5ルピーをふっかけてきていた・・・。ほんと全くインドって奴は・・・。

 駅に戻ると、前日、おっさんに呼び止められ所にいたドイツ人達にみたび出会った。この日の朝、サトナへ向かうバス停で再び会い、その後バスが違ったために別れたのだが、また駅で三度目の出会いをしたのだ。

 彼らと話しをすると、20:00発のヴァラナシ行きの列車は2時間半ほど遅れているらしい。さすがはインドの鉄道、ほぼ毎回のようにやってくれる・・・。

 こりゃダメだということで、再び夕食を取るために駅を出る。駅の近くに、さっきとは別の飯屋を見つけてそこに入るが、まずく、更にはターリーの決まりごとでもあるおかわりもくれないという、けちくさい飯屋でがっくりした。

 駅に戻って、疲れていたこともあり、僕はベンチで寝ることにした。列車の遅れが周知されていたためかホームには人が殆どおらず、また、危険な感じもあまりしなかったからだ。

 しかし、旅に慣れ、危険にも鈍感になってきたのか、インドの駅のベンチで寝ることができるようになろうとは自分でも思わなかった。ただ、荷物は持っていた鎖でぐるぐる巻きにして、更に鍵付きワイヤーで自分の体に固定しておくのは忘れなかったが・・・。

 石のベンチは日中の日射の影響か、いい感じで温まっていて快適だった。あっという間に眠りにつき、その後、予定通り?2時間半ほど遅れてやってきたヴァラナシ行きの列車に、寝台を確保するべくダッシュで乗り込んだ僕は、素早く空いているところに駆け寄り、ラッキーなことに3段ある寝台の下段を確保することに成功した。

 窓が開け放たれていたこともあって夜の車内は意外に寒く、僕は寝袋を出してそれにくるまり、たまに目が覚めると、ヴァラナシはまだかと周囲の起きている乗客に確認しつつも眠り続け、朝6時前、インド人のおばーちゃんに起こされ、どうやらヴァラナシが近いらしいということを知ったのだった。

 ほどなく、列車はヴァラナシに到着した。ここで一日泊まったりせず、そのままネパールへ向かおうとしている自分、どれだけインドに嫌気がさしてるんだろうなどと思いつつも、その嫌気の一端であると思われる、オートリクシャーやリクシャーの客引きにまたも悩まされつつ、彼らをぶっちぎり、ネパールへ行くバスのターミナルを探そうとしたのだが、場所がわからない。

 そしてこの後また、インドらしいなんだかんだが始まったのだった。

つづく

この記事は、リンクコラム形式になっており、記事中にも出てくる熊猫師(師)のブログ、「BBB」Baseball馬鹿 Blogでは、同時期における、彼の視点から見たアジア旅行について書いています。楽しんで頂けるかと思いますので、

↓ こちらをクリックして頂いて、
「BBB」 オレたちの深夜特急シリーズ
是非ご覧下さい。

※このアジア旅行は1996年から1997年にかけてしたものです。現在の各地の現状とは大きく違うと考えられますので、旅行者の方の情報源とは成り得ないと思います。ご注意下さい。



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  1. 2011/06/02(木) 22:58:24|
  2. 俺たちの「深夜特急」|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

  

コメント

その光景が

師よ。
インドの列車の光景がよく目に浮かぶよ。

あの地獄のような列車は過酷だったけれど、今は楽しい思い出だな。
同じようなことはもう2度とできないけれどね。
あれは若い旅だからこそ出来た特権みたいなものだね。

必ず遅れる列車だが、何故か俺たち日本人は定時にいるっていうのもなんかおかしいね。
中国とインドの列車はやっぱ忘れられないなぁ。

できれば、師が過ごした列車内の描写をもっと詳しく知りたいなぁ。
備忘録に書いてないものは忘れちゃったの?

  1. 2011/06/21(火) 21:47:41 |
  2. URL |
  3. 熊猫刑事 #-
  4. [ 編集]

インドの列車

 実は俺のインドでの列車の旅、あのテレビで出てくるような、「屋根から窓から人だらけ」みたいな満載列車にはあたってないんだよ。なんでか分からないんだけど。

 この記事で書いた寝台列車も、予想していたより全然混んでおらず、結構快適だった記憶があるよ。列車内については、それくらいしか覚えてないなあ。この寝台では、ほんと疲れもあってかなりしっかり寝てたし。

しかし、ホントもっと写真とったり、日記に詳しく書いたりしとけば良かったよ。おっさんになって時が経つと、こんなにたくさんの事を忘れてしまうとは・・・。

あと、列車が遅れるのはアジアでは当たり前だったけど、その遅れてる列車がいつ来るか分からないのがまた厄介だったよね。

で、日本人は何故か定時前にとりあえず駅に行ってしまうと・・・。(苦笑)で、遅れてるのと、いつ来るか分からないことを聞いて怒り出すと・・・。(笑)

もう、あんな列車の旅はおっさんだからできないかねえ?なんか半日位ならできそうな気もするけどねえ。

ま、人鈴なりの列車を見た瞬間、中国でもインドでも、新幹線や高額特急に変更してしまうような気もするけど。

しかし、あの中国で、新幹線走ってるんだから驚きだなあ。ピーナツのカラとか、果物の皮とか、未だに車内に捨ててたりすんのかな?

  1. 2011/06/22(水) 19:54:45 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

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