朝起きて朝食を食べた後、寺院西群へと向かう。まず、無料で見れるシヴァ神を祀った寺を見た。
ドデカイサンカラストーンがあった。サンカラストーンはシヴァ神の象徴で、「男根」(リンガ)である。つまりは「ち○ぽ」だ。そして、サンカラストーン=シヴァリンガの下にある台座は、ヨーニ、女性器を現している。「男根が入った状態を子宮側から見ている。」ところを現しているらしい。
かなりエロい状態の偶像化なのであるが、まあ日本でも、ある場所ではものごっつい、通称「ち○こ祭り」なる奇祭があることから、農耕を主とする民族の中では、子宝に恵まれる事が豊穣への道であった故に、このように生殖器を偶像化するというのは、現代のエロ的な感覚とは違って、ごく普通のことであったのかもしれない。
ちなみに、当時僕はそんなことは全く知らず、インドの方々と同じようにリンガを撫でまくり、そして水をぶっかけていた。その日も、インドの方々はドデカイリンガに、まさに鬼のように水をかけていたのだった。今となってリンガの意味を知ると、それらの行為というのも、中々に感慨深かったりもするものである。
なお、インディアナジョーンズ魔宮の伝説に出てくるサンカラストーンもこれだ。要するにインディア・ナジョーンズと邪教の首領は、ち○ぽ像を奪い合っていた訳である。それについても考えると、ちょっと間抜けな感じがしてしまうのだ。
さて、そんな訳でシヴァ寺を見た後は、入場料を払ってメインの西群寺院を見学した。寺のある場所は非常に静かで、素晴らしくいいところだった。
カジュラホの寺院群は、10世紀から12世紀にかけて作られ、芸術性の高い彫刻を外壁に伴ったヒンドゥー教及びジャイナ教の寺院で、その彫刻に男女交合像が多くあることから、日本人バックパッカーに「エロ寺」と呼ばれて有名だ。
(サンカラストーン・カジュラホ寺院情報は、「ウィキペディア」
http://ja.wikipedia.org/wiki/ を参考・引用させて頂いております。)
確かに、エロい彫刻がいっぱいあった。さすがはカーマ・スートラの国、様々な体位やテクニックを駆使した男女交合が描かれているのだが、これがあまりにもあっけらかんとしていて、さほどいやらしく見えない。やはりこれらも基本的に豊穣を祈願するためのものであるからだろうか。
「それにしてもエロの追求は、古代から脈々と行われてたんだなあ・・・。」「これを見ると今も昔も大して変態度は変わっとらんな・・・。」等と妙に感心したりしながら、古代の建造物としても非常に美しい寺を色々と見学して、寺院西群を後にした。
そんな寺を出たところで、昨日約束をすっぽかされた自称学生にばったり出会った。
「昨日はどうしたんだ?」と尋ねる僕に彼は「本を買いに行っていたんだ。」というなんとも言い訳にもならないような言い訳をしてきた。「申し訳ない、とりあえずはうちに来てくれよ。」という彼に、「本を買いに行くなんて緊急性のない用事で約束をすっぽかすような奴の家にはもう行きたくないね。」と気の利いた英語がしゃべれる訳も無く、そんな訳で断ることもなくアホみたいに彼について家に行った僕だったが、しばらく話していると彼は「なんかくれないか。」とか、「時計を交換してくれ。」とか、「日本に戻ったら家電とか何か、いいものを送ってくれないか。」などと執拗にねだり始めてきた。
あまりにも酷いので、このままでは更に調子に乗ると思い、はっきりと「お前の昨日のすっぽかしや、今までの言動、そして今日のクレクレ発言、俺はお前のことを信用することが全くできない。」と片言の英語で僕は言った。すると、突如彼は猛烈に謝り始め、そして「本当にすまなかった。良かったら明日は俺のじいちゃんの所へ行かないか?」と誘ってきたのだった。
もうすっかり彼と行動したいと思わなくなっていた僕は、彼には悪いが、その場で断ってまたなんだかんだ言われるのも面倒だったので、「んじゃあ、明日八時半におまえんちに行かなかったら、行かないんだと思ってよ。」と答えて彼と別れ、酷いながら心の中で「明日はもちろん行かんけどな。」などと思いつつ、今度は東群の寺へと向かったのだった。
ここに行く道中、まずはブロンズ屋に捕まって時間を無駄にした。なんとか振りきってその後、歩いていると、今度は出会った子供達に何故だか手を引かれ、そのうちの一人のうちへと連れて行かれた。
しばらく離してくれそうもなかったのでしょうがなく、またも子供に大ウケする折り紙を折ってやって、もちろんこの時も大いに盛り上がり、その後、「俺は寺に行きたいんでそろそろ行くよ。」というと、そのうちの二人が「案内してあげるよ。」という。ただ、ちょっと嫌な予感がしたので、ここもはっきりと「案内してもらっても、お金はあげないぞ。」と言っておいた。
寺に着いて、「シヴァ神の色が赤いのは、奥さんの大好きな色だからなんだよ。」などという案内などをしてもらいつつ、寺を回る途中の道で、チャリで回っていたアイスクリーム屋のアイスを、欲しそうにしていたんで奢ってあげることにした。
「お前らだけ食えよ。」と言ったのだが、彼らは何故か僕にも食べろと言って聞かない。正直自分は、氷と同じくアイスにも十分に気をつけたほうがいいと思っていたので、食べたくなかったのだがやむを得ない。まあ、そんなふうに言いつつ、氷の入った生ジュースをインド各地でガンガン飲んでいたのだが・・・。
そこで自分の分も買ってみると、果たして嫌な予感通り、そのアイスは非常に荒削りな作りで全く衛生的とは言えず、汚い竹の棒みたいなものに、ミルク色をした、ところどころになんかゴミだかなんだかも混じって凍らせた感のあるものが、四角い形になって固まっていた。
こりゃあ非常にまずいなと思いつつ、子どもたちも一緒な手前、更にはアイス屋のおっさんまでもが、ガン見しているが故に捨てる訳にもいかず、しょうがないので食べてみた。が、残念なことに味が薄く、美味しくない。牛乳をこれでもかというくらい水で薄めたような感じで、それに少しだけ砂糖を入れてみましたという趣の、なんとも厳しいアイスだった。
嬉しそうに食べる子供達に「どう?」と聞かれ、まずいとも言えないので「悪くないね。」とは言っておいたが、味よりも僕はその後腹がどえらいことにならないかどうかの方が心配だった。幸い、その後何も起きなかったので良かったが・・・。
なお、アイスは3つで1.5ルピーだった。子どもと一緒だったからインディアンプライス(インド人価格)だったのだと思うが、値段だけはすこぶる安いアイスだった。
その後も何ヶ所か寺を回り、そろそろ宿に戻るよとなった所で、子供達はやっぱり「お金ちょうだい。」と言ってきた。かなりがっかりしたが、まあ彼らもとりあえず言ってくれたら儲けもんという所もあるんだろうと思い、きっぱりと「あげないって最初に言ったろ。だからあげないよ。」と言って別れ、更にもう一箇所ジャイナ寺を回って、そこで日本の兄ちゃんにあって少し話をし、そして帰りにソニー君(彼の事も今では記憶にない。多分インドの人なんだろうと思う。)とも出会った。それにしてもカジュラホは村が小さいからか知っている人によく会う。
宿に戻り、自分がよく行く飯屋に他二人と行ったのだが、僕以外には全く評判が良くなく、僕だけが良く食べた。多分彼らには、衛生面などで気にかかることがあったのだろう。その頃の僕は既に、西洋人が行くような小綺麗な飯屋には全く行くことはなくなっていて、前述の通り汚いアイスを食べても大丈夫なくらいにまで耐性が出来ていた。そう、多分僕はバックパッカーの中でもこの頃位からいろいろな意味で相当にスレ初めていたと言っても良かったのかもしれなかった。
帰りにダンスフェスタがあるというのでちょっと見に行き、その帰りにソニー君に再び出会ってビールを飲まないかと誘われ、ゆりちゃんと言う日本人の子と二人でいってビール飲みながら、エロエピソード披露で盛り上がった。(ちなみに、ゆりちゃんという子の記憶も今では全くない。カジュラホ位から、日本人の方々と行動したりしていても記憶がなかったり、非常に薄かったりすることが多い。)
インド人はエロネタが好きだ。日頃女性と会う機会が少なく、街には男ばかりしかうろうろしていないので欲求が溜まっているのかもしれない。だから彼らは肌の露出が多く、そして彼らから見れば非常に開放的で、ある意味エロ過ぎるとも言える外国人女性観光客も大好きだ。痴漢まがいの行為をしたり、エロいネタを浴びせて恥ずかしがる女性観光客を見たりしてニヤニヤするアホも結構いた。
しかし、この日のエロネタは、なぞなぞや、小話系で明るく楽しい感じで、女の子が露骨に嫌がるようなものではなかったので盛り上がった。残念ながらどんなネタかはすっかり忘れてしまったが・・・。
そんな訳でこの日は一日中、色々なインドの方々や日本のバックパッカーと接触した一日となった。僕らは0時前までビールを飲みながらエロネタ以外にも色々と楽しく話しをして、そして宿に帰って就寝したのだった。
追記:次回は近日中に、カジュラホ寺院群で撮った写真を紹介する予定です。もちろん、エロ彫刻の写真もあります。
つづく
この記事は、リンクコラム形式になっており、記事中にも出てくる熊猫師(師)のブログ、「BBB」Baseball馬鹿 Blogでは、同時期における、彼の視点から見たアジア旅行について書いています。楽しんで頂けるかと思いますので、
↓ こちらをクリックして頂いて、
「BBB」 オレたちの深夜特急シリーズ
是非ご覧下さい。
※このアジア旅行は1996年から1997年にかけてしたものです。現在の各地の現状とは大きく違うと考えられますので、旅行者の方の情報源とは成り得ないと思います。ご注意下さい。
コメントありがとうございました。高鬼亀岡 三郎ケ岳エリアの飛び方 その壱コンバージェンスなるほど、午前と午後の日照によって発生する風向きの変化によって、コンバージェンスが発生する理由が良く分かりました。そういう大きな流れを頭の中に描いておいて、上がふじはら失敗は成功の元お久しぶりですコメントありがとうございます。
クロカンについては、ぴょん吉さんの仰る通り、チャンスを最大限に活かすことに尽きるかと思います。
特にクロカン修行中は、とりあ高鬼失敗は成功の元チャンスは最大限に・・・チャンスは最大限に生かす・・・
どこかで聞いたセリフ?ですが(^^
クロカンコンディションが前触れもなくやってくることがありますよね。
半信半疑で動き出したらぴょん吉シリアルグライダーコンペの今後を勝手に予測するどうなるでしょうね 確かにYYさんがおっしゃるような感じになるかもしれませんね。
僕自身は、海外ではC判定が多いDクラス機の需要は、クロスカントリーフライトなどにおいてそこそこ高鬼