鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

京都北山 廃村八丁

京都北山に、八丁という1936年(昭和11年)に廃村になった村がありました。



<以下 廃村八丁にある説明板より(原文まま)>

廃村八丁 

 八丁山は、明治11年6月最終的に上弓削村と佐々里村との境界が決定するまで実に600年近い争いの歴史であった。1682年公儀の御留山として立ち入りが禁じられた。元禄14年(1701)周山村吉太夫の請負山となり上弓削村から3名と広河原村から2名が炭焼を職とし1町5反3畝の新畑を開き住居、1743年上弓削村の請負山となり5戸の者も上弓削村の山番として定住してきたが、明治維新になって佐々里村から八丁山払下げ願いが出されこれを聞いた上弓削村も直ちに払下げを嘆願した。山番5戸を味方にした上弓削村領と決め和済が成立した。
 明治33年には博習校の分教場も設けられ8人の児童に先生一人が教鞭をとった。昭和8年の冬大雪に遭って食料が欠乏し病人が出ても医者の便もなく、さんざんな目にあった所から村あげて山をあとに平地にさがり、昭和11年に廃村となった。

<以上>

 御留山(おとめやま)とは、有益な資源を確保するために役人が一般人の立ち入りを禁じた山の事のようで、当時は木材そのものが非常に価値があり、またその他の森林資源も豊富だったためにこのような扱いになったのでしょうが、林業がすっかり衰退してしまった日本の昨今においては、こういった山が利権争いの舞台になったというのは、信じられない感じです。

 さて、京都にそんな廃村があるというのをネットで見つけ非常に興味をひかれた僕は、一度どんな所なのか行ってみたいと思っていたのですが、先日遂にその廃村八丁に山歩きに行ってきました。

 事前に山歩きが趣味の方々のHPやブログなどを調べてみると、若干道が分りにくい所などもあるということだったので、2万5千分の1地図を用意し、念の為にハンディGPSも持って行ったのですが、結果的にこれらがなければ、自分の場合では間違いなくプチ遭難になっていたと思います。

 この日のコースは、菅原集落-ダンノ峠-品谷山-廃村八丁-刑部滝-ダンノ峠-菅原集落

 菅原の集落から登山道までは林道があり、未舗装ではあるものの車で行けるので、運動不足の自分は横着をして林道最終まで車で行きました。数台が駐車できるようなちょっと広いスペースがあります。

 そこから山登り開始。すぐに沢コースと尾根コースに分かれているのですが、沢コースは暗くてきついと道標に書いてあったので尾根コースに。この尾根コースがいきなり運動不足のおっさんを直撃します。結構な急登坂であっとうまに息が上がります。

 どこまで登りなんじゃいとぶつぶつ言いながらも、なんとか登りきってダンノ峠。ここからは比較的なだらかな尾根を歩きつつ、品谷山を目指します。

 そこそこには町であるうちの家の前の山ですら、ここ数年は鹿が出るのに、京都北部の山でクマが出るのは全く不思議ではなかろうと、ここ最近のクマ出没ニュースもあって少々ビビりながら、クマよけとして鈴をザックにつけて行ったのですが、ここまではそれらしい生き物には遭遇せずちょっと一安心。

 しかし、所々にある落ちた山栗のイガを見てみると、栗の姿は全くというほど見えず、あったとしてもそれは虫食いや腐っているもので、どうやら栗は動物に全て食いつくされている様子。今年は山の木の実が激しい不作という事のようですが、確かに栗はおろかこの日はドングリも全く見ることがなく、山の動物達にとっては非常に厳しい状況であると思われました。

 それが故に、熊に会うような事にあれば、彼らのご機嫌が宜しいはずがないであろうことも容易に想像でき、「いなきゃいいなあ。」と再び不安が募ります。ただ、幸いにも全行程で、鹿や何らかの動物のふんに遭遇することはありましたが、実際に大きな生き物に会うようなことはありませんでした。クマよけ鈴の効果が、多少あったのかもしれません。

 さて、なだらかな尾根を行くようになって、結構な植生の違いを感じ、少し開けた場所からの眺望を楽しみながら品谷山へと向かいます。途中非常に長い間、害獣よけらしいネットが続いていたのですが、畑へ降りて来る鹿等をブロックしているのでしょうか。こんな山奥にネットを張るのは非常に大変だろうななどと思いながら、佐々里峠分岐を経て品谷山へ。

 品谷山で休憩して、一路八丁へと向かったのですが、ここでルートを間違ってしまい、かなり時間をロスしてしまう羽目に。この廃村八丁ハイキングコース、所々に道標があるのですが、時として非常に分りづらかったり、小さくて見落としがちになったりしてしまう場所もあり、しっかり地図や方向を確認しておかないと自分のような山歩き初心者は迷ってしまう事があります。ちなみに品谷山山頂では、僕は八丁への道標を見つけることが出来ていませんでした。

 この時に、方向をしっかり確認せず登山道らしい道を適当に進んだのが大失敗。結構進んでからおかしいなと地図とGPSを確認したところ、あらぬ方向まで進んでしまっていた事に気付きました。ここで品谷山山頂まで戻る往復小一時間の時間をロス。これが後々の行程に響いてくる事に。もっと前になんかおかしいなと思った時、しっかりと確認しておくべきでした。

 山頂まで戻って一息つけようと、ここで昼食に。しかし、山で食べる弁当はなんであんなに美味いんでしょうか。更に、淹れたてのお茶も旨かろうと、玄米茶を淹れたんですが、これもまたすこぶるおいしかったです。

 さて、英気を養った後は、今度はちゃんと品谷峠から、延々と続く下りを八丁へと向かいます。途中からは沢沿いを歩くのですが、時に沢を軽く渡ったりで、滑らないように気をつけながら下って行きます。このくだりが運動不足のおっさんの膝にしたたかにダメージを与えていきます。もう膝が笑うというレベルではなく、爆笑レベルです。いや、もはや爆笑をも越え、膝の筋には痛みすら走っています。

 そういえばアジア貧乏旅行をした時、ネパールでの2泊3日トレッキングの後、最終日の山の下りで膝をしたたかに痛め、その後2日間寝たきりだったなと、己の膝の弱さを思い出した自分でしたが、とりあえず膝を労わりつつ先を急ぎます。

 下りが終わり、少し沢の幅が広くなってきたかなという所で、先の方に石垣のようなものが見えてきました。どうやら廃村八丁に到着したようです。しかし、なんという山奥に村を作ったんだという山奥度合い。本当に驚くべき山奥さです。こんな所にも村を作ってしまう人という者の凄さすら覚えます。

 廃村は、基本的には石垣が残るのみで、そこに人が住んでいたんだなという雰囲気は残っているものの、至って静かな山の谷あいの猫の額ほどの平地という感じ。僕はもっと平地が広がって開けているんだと想像していたんで、その狭い空間に驚いていました。

 ピラミッド型の小屋の横の木に、前述の説明看板があり、それを読んだ後、更に村の中心部へ。途中京大の三角形の山小屋を通り過ぎ、朽ち果てかけた神社の鳥居を「神のパワーも自然の摂理には勝てないんだな。」等と思いつつ見ながら、かつて分教場のあった開けた場所へ。

 分教場跡にはその建物が残っているのですが、今やすっかり崩れおちてしまい、見る影もありません。数年前にここを紹介されているWEBページなどの写真では、建物としてそれなりに建っているので、ここ数年の間に積雪などの影響で潰れてしまったのでしょう。

 この分教場の横には小屋が建っていて、ある方が住みついているようです。果たして僕が分教場に近づいた時にも、こちらの方に出てこられて、あいさつを交わしました。 ただ、廃村に人が住んでいるというのは、何か個人的には凄く違和感があり、こういうのはどうなんだろう、個人的にやはりここには誰もいない環境の方がいいなと、そう思ったりもしました。

 なお、村としてはこの分教場跡で終了、この先はソトバ峠に向かう登りの登山道へと続いています。

 品谷山で時間をロスしてしまった事もあり、再びダンノ峠へと向かう道に村を戻りながら向かいます。こちらのルートは、四郎五郎峠へ向かう道と、刑部滝を経由するルートの2ルートがあるのですが、滝を見たかったので刑部滝方面へのルートに向かいます。

 再び沢沿いを時に沢を渡り渡りしながら歩き、刑部滝方向へ。大きな滝は2つあるのですがどっちが刑部滝かは分りません。

 一つの大きな滝の横から、トラロープが出ていて、ここから先は木の根とロープをつかみながらの結構な急坂の登攀系です。しかしこの道、登山ルートになってるけどハード過ぎまいか・・・。下をみると高所恐怖症のおっさん、足がすくんで動けなくなりそうなので、下は気にせずサクサク(なつもりで)登っていきます。

 しかしこの廃村ハイク、どなたかのブログであまり勾配のない山歩きって書いてあったんですが、どれだけ上級者のコメントやねんと・・・。絶対的運動不足のおっさんには、完全な山登り、山下りだったんですけど・・・。

 かなりきっついトラロープ地獄の連続をなんとかこなしつつ、やっと尾根上へ。しかしここで再び、道に迷ってしまいます。

 ここでは道標が全くなく、本来なら谷筋に降りていかなければいけなかった所を尾根上の方に行ってしまい、結果けもの道を歩く事になって再びタイムロス。登った後にやってくる下りが、再びおっさんの膝を痛めつけます。なんとかダンノ峠に戻った時には、もうかなり日も暮れかけていました。

 しかし、ここからの尾根道の下りがまた一苦労。もうかなりぶっ壊れたおっさんの貧弱膝に一足ごとに激痛を加えていきます。両手に拾った棒きれを持ち、それをつきながら弱々しく下っていく僕は、もうまったくのおじいちゃん状態。それでも歩かなければ家には帰れない、しかし一足ごとに膝は痛い。

 テントがあるならここでビバークしたいなどとアホな事を思いつつ、しかし、クマに襲われたらイチコロだな。いや、それよりも今熊に襲われてもこの超ダメダメじいさん状態では、後ずさりすらままならずにイチコロだな等と思いつつ、少しづつ山を下り、なんとか下山。

 日頃運動してないのに、いきなり何キロも山歩きをするなんてアホだったなあ。それと、折角GPSを持って行ったんだから、登山ルートも設定しておけばよかったと、そう反省しつつ家路にとついたのでした。

 平日だった事もあってか、廃村の住人一名以外はだれとも会わない静かな山歩き、ただ、車で帰る戻りの山道では、何頭かの鹿に出会いました。

 なお、この山歩きで全くの運動不足の体故、完全に膝を崩壊させ、また下半身全体が激しい筋肉痛になったおっさん、この後数日筋肉痛に唸り、超スローモーションロボコップのように動く事になったのでした。


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  1. 2010/10/24(日) 22:26:58|
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