鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

オレたちの深夜特急 インド編 「アーグラー城へ」

前日、色々とあって非常に疲れた僕は、この日の朝10時位までうだうだしていた。ただ、残念ながらぐっすり眠れたわけではなかった。ここの人達は朝が早いらしく、5時や6時からなんだかんだと騒々しくて、しょっちゅう目が覚めてしまったからだ。



とりあえず起きあがった僕はシャワーを浴び、その後洗濯をしてから外へと出かけた。

相変わらずここアーグラーも、インド全開だ。宿を出てすぐにリクシャーのあんちゃんが僕を見つけてずーっとついてくる。うっとうしいことこの上ない。

飯屋も見つからず、しょうがないので道端にあった焼き芋屋で焼き芋を買おうと値段を聞いたら、驚く事に20ルピーだという。僕は「もう、いい加減にしろよ!」と切れた。が、面倒だと思いつつ値段交渉をし、5ルピー分の焼き芋を買い、食べながら再びリクシャーワーラーの「乗ってくれ攻撃」をかわしながら歩いた。

しかし、もうあまりにもリクシャーがしつこい。そこで、飯屋に入って諦めさせようと、見つけた店に入ったら、なんとここもターリーが20ルピーだと言う。高すぎるのでやめ、タージマハル横にある公園を通って、その後ある店でブランチを摂った。

そして、噂のサムズアップを飲んでみた。

サムズアップは、インドで作られたコーラのブランドだ。インドのコカコーラが作っているらしい(調べてみると、元々あったサムズアップをコカコーラ社が買収し、社としてのインドでの売り上げ増を狙ったらしい。)のだが、噂によるとこれがなんかまずいらしい。

サムズアップとは親指を立てる、日本でいうところのいわゆる「グー(Good)」のサインで、まあいわば「グッドなコーラ。(美味しいコーラ。)」と言いたいようなのだが、それをもじって西洋の方々は、サムズアップの指を下に向け、サムズダウンにしながら、「サムズアップ イズ サムズダウン。」と言って、ニヤッと笑うというネタをかましていた。

そんな訳でかなりビビりながら飲んだが、確かに日本で飲むのと違ってなにかがもう一つ足りないような気もした。しかし、日頃からコーラを飲む事がほとんどない僕には、あまりその大きな味の違いはわからなかったのだった。

その後アーグラー城へ向かった僕は、途中、鬼のように服のありとあらゆる場所に、無数にくっついてくる極小の虫にブルーになりながらアーグラー城に着いた。

アーグラー城は中々美しいところだった。また、城から遠く見えるタージ・マハルがとても美しく、僕は何枚か写真を撮った。




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途中で日本語を勉強しているという自称大学生のインド青年が話しかけてきた。が、僕に話しかけて来るインド人の胡散臭さとうっとうしさ加減にほとほと嫌気がさしていた僕は、ほとんど話しをすることも真剣に相手をすることもなかった。

城を後にした僕は、近くにあるイスラム寺「ジャマー・マスジット」へと向かった。入口を探して結局ぐるっと一周してのだが見当たらない。しょうがないので一度チャイ屋によってチャイを飲み、再び探したらしばらくしてやっと見つかった。中は特に書くような事もない普通のイスラム寺で、入るまでの時間よりもしかすると出る時間の方が早かったんではないかという感じで僕はその寺を出たのだった。

ブラブラしているとまたもリクシャーがよってくる。5ルピーでバジャール(バザール=市場)を見に行かないかという。5ルピーと言う値段から言っても、間違いなく土産物屋等と結託した商品販売セット系リクシャーだ。

が、歩き疲れていたとこもあったので、その話しに乗ってみる事にした。そこそこの滞在で、もうすっかり強く断る「思いっきりノーと言える日本人」になっているから大丈夫だろうと、そう思ったからだ。

リクシャーはまずは服屋へと向かう。いつも通り冷やかしで、欲しいと思っているクルタパジャマの値段を聞くと700ルピーだという。やはり高い・・・。

すぐにその店を出て、「この店はいいや。」とリクシャーに言うと、彼は次に大理石屋へと僕を連れて行った。薄暗い店内には僕の他にはだれもおらず、店主と僕のマンツーマン状態、いや、他の店員もいるからマンツーマンと言うより1対複数と言う感じで全くこちらが不利な状況だ。

さらに店主は僕が入った後にドアのかぎを閉めるではないか・・・。これはよろしくない。こいつら売る気満々だと思った僕は、服屋でのような思わせぶりな態度をとることなく、最初から全く買う気はないというオーラを、北斗神拳を繰り出す時のケンシロウの如く、体中から激しく立ち昇らせてみた。

しかし、店主はそんなオーラを全く意に介さない。むしろそのオーラを吹き飛ばさんばかりの商魂たくましいオーラを放ちながら、僕に大理石についての色々な説明をし、そして色々な商品を勧めながら追いつめてきた。

「大理石は重い。そして時として壊れる事もある。これから数カ月旅を続ける自分には、大理石を持って旅をするのは厳しすぎる。」というのが僕の最終兵器だったのだが、彼には全く兵器としての役割を果たさなかったようだ。非常に小さな商品を出してきて、「これ位なら持てるはずだ!」とか、「これなら、丈夫だから割れたりしない」とか、「重いと言うなら、ここから日本へ郵送するという手もあるよ。」などと言って、更に僕を追いつめてきた。

が、最終的には「僕には、自分の為にも、お土産でも、大理石は一切必要ないし、買う気は全くない。」という至極まっとうな意思表明をすることで、「これだけ説明させといて、1ドルの商品一個すら買わないのか、このどケチジャパニ(日本人のヒンドゥー語)野郎が!!!」というあからさまに嫌そうな表情を店主にさせることに成功した。

先程までの愛想のいい笑顔は全く消え、まるで追い払うかのように僕を店内から放り出した彼は、ドアを乱暴に閉めた。

リクシャーワーラーは「何も買わなかったのか?」というようなとても不思議そうな顔で僕を見て、そして非常に落胆しながら、「5ルピーにしかならないこいつなんか乗せるんじゃなかった・・・。」という表情をした。

ホテルに戻った時に彼はおなじみのパターン通り、遠くまで来たんだからたったの5ルピーっぽっちじゃなく、チップを弾んでくれと懇願したが、僕は何件か回る代わりに5ルピーでいいと約束したのはそっちだと言ってそれ以上1ルピーも渡すことはなかった。僕は本当にもう、そういったやり取りに心底腹を立てていたのだ。

夜、晩飯を食べに行こうとした僕は、今度は宿のじじいに捕まった。「両替は足りているか?うちでも両替はできる。いいレートで替える事が出来る。」という話しから始まったのだが、そのレートは闇の癖に全くいいレートではなく、全く乗れるいい話しではなかった。

さっさと立ち去ろうとする僕をじじいは無理やり引きとめ、今度はアンティーク時計を売ろうとする。しかし、インド製のアンティーク時計なんて全くろくなもんではない。今のものでもろくに動かなかったりするのに、アンティークなんているはずもない。

そんな不毛な話しの最中に、停電が発生した。そこで諦めるかと思ったじじいは全くそんなそぶりも見せず、悠々とろうそくに火をつけ、若干幻想的な雰囲気の中で再びしょうもない商談を再開した。

全く興味がなさそうな僕に、あげくじじいは、「このアンティーク時計とお前の持ってるそのカメラを交換してくれ。」と言い出す始末。僕の持っているカメラは小学5年生の時にサンタクロースから貰った物で、誰かに譲れるような代物ではない。

更には、もう日本では販売していない水銀電池を使用している為に、旅に出る前に古そうな写真店を何件も回り、事情を話して店の奥底まで探してもらって、すっかり使用期限が切れていたが購入したこの最後の水銀電池が切れれば、もう使えないという年代物だ。

だからじいさんには譲れないし、もし万が一譲ったとしても電池の問題で使えないよと言ったのだが、じいさんは「電池なんて何の問題もない。だからこの時計と交換してくれ。」と言い放った。

あきれ返った僕は、「だから言ってるじゃないか、このカメラは高く買うっていっても売らないし、ましてやこんな欲しくもない時計と交換する訳ないよ。」と思いっきり言ってやった。

すると、じじいはそれでもまだ納得できないというような表情をしながら、しぶしぶそれ以上僕を引きとめるのを諦めてくれたのだった。

やっと解放された僕は飯屋に向かった。またもターリーが20ルピーだという店だったのだが、「15ルピーになるなら食べる。」と試しに言ってみたらあっさり「じゃあ15ルピーでいいよ。」となった。ほんと一体何なんだインド・・・。

そしてまだ依然続く停電の中僕はろうそくの明かりでターリーを食し、戻りに露店でバナナとぶどうジュースを購入し、宿でそれを食べて眠りについたのだった。


つづく


この記事は、リンクコラム形式になっており、記事中にも出てくる熊猫師(師)のブログ、「BBB」Baseball馬鹿 Blogでは、同時期における、彼の視点から見たアジア旅行について書いています。楽しんで頂けるかと思いますので、

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※このアジア旅行は1996年から1997年にかけてしたものです。現在の各地の現状とは大きく違うと考えられますので、旅行者の方の情報源とは成り得ないと思います。ご注意下さい。


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  1. 2010/08/29(日) 20:10:39|
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  4. コメント:2

  

コメント

アーグラー

恐らく、アーグラーがインドで最も日本人旅行者にとって厳しい土地ではないだろうか。

旅慣れたバックパッカーでも、修羅場と化すくらいなのだから、普通の旅行者はどれだけ騙された、或いは、ハードな攻勢に音をあげただろうか。

とにかく、ここはもの凄いところだと思う。

サムズアップ、オレ好きだったよ。
インドはとにかく喉が渇く。
暑いだけではなく、人も熱いから余計にだ。

1日、3本くらいは飲んでいたと思う。
1本8ルピー。
この金額でなければオレは買わなかったなぁ。

師はどの辺りに泊まっていたんだ?

オレはバスターミナルから歩いて2分くらいの宿と、次に泊まったのがタージマハールから歩いて7分くらいのところ。

もの凄い濃い土地だったなぁ。

  1. 2010/09/04(土) 23:05:02 |
  2. URL |
  3. 熊猫刑事 #-
  4. [ 編集]

宿の場所

泊まってた宿の場所、全く覚えてないなあ・・・。

俺、あの時の旅行の事、当時の日記を読んでなんとか思い出せるくらいで、ほとんどの事は忘れてるもんなあ。アホだよなあ、ほんと・・・。

さて、アーグラーだが、俺はそんなに突出してハード感があった訳ではなかったなあ。まあ、俺が行ったところが北インドでは全て超メジャーな観光地だった事が多分に関係してると思うけど。

とにかくインドは俺にとってはどこもハードだったよ。一か月ほど滞在してやっとそこそこ慣れたって感じだったな。

しかし師は、結構飲み物には金かけるよね。8ルピーのサムズアップ三本って、楽勝で肉入りカレーありのターリー食えるじゃん。

俺なんかインド半ばでは、飲み物は現地の人が食堂で飲む水だったからなあ。食堂のおっさんにすら「ミネラルウォーター飲みなよ!」って言われたもん。(苦笑)

  1. 2010/09/16(木) 12:17:43 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

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  1. 2010/09/29(水) 13:55:17 |
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