鬼飛(おにとび)ブログ
パラグライダーで飛んでるおっさんの雑記ブログです

オレたちの深夜特急 インド編 ジャイプル観光

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前日の「阿呆」との戦いにほとほと疲れ果てた僕だったが、少しゆっくり寝ただけで目覚めた。そして洗濯をし、街へと出た。



朝食を食べ、駅にあるツーリストインフォメーションに向かう。そこで、前回でも書いたが再び昨日の「阿呆」に会う。かなりムカムカしたのだが、気を静めてインフォメーションに入り、街の地図をもらい、観光についての色々な情報を聞く。その後、バスでまずはピンクシティーへと向かった。

ピンクシティーは、街の建物の多くがピンクに塗られていて、文字通り街がピンク色になっていることから命名された名前だ。僕はとりあえず、ピンクシティーでもメジャー所の、風の宮殿に行ってみる事にした。



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ピンクシティー






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ピンクと言うより、赤茶だが・・・。






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風の宮殿

<以下 ウィキペディア  http://ja.wikipedia.org  より引用>

ハワー・マハル
(ヒンディー語:हवा महल、英語:Hawa Mahal、別名「風の宮殿」)は、
インド・ラージャスターン州の州都ジャイプルにある宮殿。

1799 年、この街を治めていたラージプートの王
サワーイー・プラタープ・スィンによって建てられた。
ハワー・マハルはシティ・パレスの一部で、
建物はピンク色をした 5階建てで、953の小窓が通りに面している。
この小窓から宮廷の女性たちが自らの姿を外から見られることなく、
街の様子を見たり、祭を見て楽しむことができるようになっている。

また、この小窓を通して風(हवा ハワー)が循環することにより、
暑いときでも涼しい状態に保たれるような構造となっており、
これがこの宮殿の名前の由来ともなっている。

以上引用終わり




途中、道端の屋台を見た僕は、心鷲掴みのあるものを見つけてしまった。インドの地でアメーバ赤痢に倒れた熊猫刑事から、「生ジュースにだけは気をつけろと!」と言われ、これまでのインドでは、決してその戒めを破ろうとしなかった僕だったが、ここジャイプルで、その生ジュース屋台のメニューに「ざくろジュース」を見た僕は、「飲みたい!!このジュースを飲みたい!!」という欲望に激しく翻弄され始めた。

僕は子供の頃から、なぜだかザクロがすこぶる好きだった。近所に住んでいた友達の家にザクロが植わっていて、彼からその変った果物をもらって食べ、それがとても美味しかったことから、僕のザクロ好きは始まったのだが、その生ジュース屋は、そんな僕の大好きなザクロを何個も贅沢に使って、そのままだと種が膨大で食べづらいともいえるザクロを絞り機に挟み込み、ぎりぎりと絞り込んで、深いワインレッドを湛えた濃いージュースに仕上げていたのだった。それでなくても暑いインド、今までも生ジュース屋で何度となく禁を破ろうかと思った僕だったが、その時にはメニューにざくろがなくて耐える事が出来た。

しかし、このすこぶるおいしそうなざくろジュースを見ると・・・。

「もう、なるようになったらええがな・・・。これだけは、のまなあかんやろ。」

そう結論付けた僕は、熊猫師の体を張った忠告を破り、「ざくろジュースちょうだい。」と注文したのだった。

15ルピーと、決して安くはなかったが、(もしかするとまたぼられていたのかもしれないが・・・)ザクロらしい少しほろ苦い味を醸しつつも、凝縮された甘酸っぱさがすこぶるおいしいジュースだった。なんといっても絞りたてのナチュラルストレート100%果汁だ。

幸いな事にその後特に問題になるような腹の調子にもならず、僕は、以後のインドでの生ジュースを全面的に解禁したのだった。

その後も街を少しうろうろし、ある生地屋にふらっと立ち寄ってみた。インドの生地は日本では全くお目にかかれないデザインの物があって少し興味があったからだ。そんなに品質としてはいいものでもないなあというのが、300ルピーとか400ルピーとかいう結構高いと思う値段で置いてあった。

店主は、外国人のいいカモが来たという感じで、しきりに購入を勧めて来る。とりあえず買う気はなかったので適当にごまかしていたのだが、400のものを350にまけ、300にまけ、いらないからいいやと店を出ると、最後には100でいいと追いかけてくる始末だった。

この値札の1/4という、半値八掛け五割引きも驚くばかりの値引きに、日本での値段に関しての感覚からはまったくもってかけ離れた、インドの全く信用できないぼったくり希望小売価格の設定に、ある意味嫌悪や怒りすら覚えた僕は、またもインドが少し嫌いになったのだったが、今思えばそれがインドでは基本で、物を買う時には値切る事が、インドでの買い物のベースだったのである。後にそうなんだと理解する事が出来たのだが、あの時それが分っていれば、あそこまで無駄に怒ってはいなかったなと、そう思うのだった。

そして僕はまたバスに乗り、今度はアンベール城へと向かった。アンベール城はジャイプルから10kmほど離れた郊外にある城塞だ。途中車窓から、湖に建物が浮かぶ美しい景色を見たり、美しい自然の風景を堪能したりしながら、バスはアンベール城に到着した。

城はすっかり目玉の観光スポットと化しており、観光客向けに城門までの数百メートルを乗っていくことのできる象がいた。なお、オプションとして有料で、象に乗って写真撮影というのあった。「鳥取砂丘のラクダか!」と心の中で突っ込みながら、非常にお高い観光客向けプライスのゾウには乗らず、また写真も撮ることなく、僕は結構な坂道を歩いて登っていく。その道の途中には、尻尾の長いサルがいっぱいいて、非常にウキキな状態と化していた。さすがはハヌマーンの国である。

入った城内は中々いい感じだった。攻められるのを防ぐ為に、中は迷宮仕立てになっている。城内へのカメラの持ち込み料50ルピーという事で、写真は撮らなかったのだが(というかその時はフィルムがなかったのでどちらにせよ写真は撮れなかったのだが・・・)撮ってみたいなという場所が中々多い城だった。

アンベール城を満喫し、再びバスに乗り街へと戻る。

ホテルに向かって歩いていると、またなんか変なインド人の男が登場。「僕の友達の日本人の女の子が、3年ここに滞在していているんだけど、日本人と話す機会もなくさびしくしているから会ってあげてくれないか?」と言う。

そんなの、本人が自分で街に出て日本人を探せばいいじゃないか。これだけの観光地、少し待ってればいくらでも日本人に会うことはできる。別にお前にそんな事頼む必要は全くないじゃないか・・・。

思い切りそう思ったが暇だったので、まあ、面白いんでものは試しにどんなことになるのかついていってみる事にした。ヤバ気な感じだったらさっさと逃げればいい。

で、連れて行かれた所は予想していた通り、日本人の女の子などどこにもいなかった。そこはなんだかアートショップという趣の店だった。結局物売りの客引きだったのである。

ボスらしい男が出てきて、僕になんだかんだと話しかけて来るが、全く相手をするそぶりも見せない僕に、彼は全く脈がないと諦めたらしく、「時間がないんなら、これ以上見てもらわなくてもいいよ。」と、「お前が連れてきて無理やり見せてるのに、なんだその上から目線の発言は。」と僕を怒らせる台詞を吐いて営業を終了した。

店を出て歩いていると、またも男が話しかけて来る。ジャイプル、どんだけ旅行者に話しかけて来る奴が多いんだ・・・。

「君はヒンドゥ語が教わりたくないか?良かったら俺が教えてあげるよ。とりあえず俺の家がすぐ近くにあるから来ないか?」とそういう。

ここはもう、記念に乗ってみるかと思い、この男にもついていってみたのだが、家が近いなんてとんでもない、着いた先にはただバイクが置いてあって、これに乗って家まで行こうという。

「全然家ちかないやんけ!誰がバイクに乗って遠くまで行くなんていうリスクテイクするか!!」と言う事で、バイクに乗るのは断り、また歩き出した。

で、食堂に入っておやつを食べる事に。サモサ(三角形をした揚げスナック。もちろんカレー味。)と揚げトウガラシ(辛いがこれがうまい。)そしてチャーイを飲む。7ルピー、これは僕にとっては納得の価格だった。

そして、解禁したジュースに再び手を出した。甘くまったりとしたテイストのサトウキビジュースだ。

その後しばらくまた街をうろうろし、宿に戻ってからどこか近くで晩飯を食べようとしたのだが、宿周辺に全く食堂がなく、結構遠い街まで戻るのも面倒なので、夕食は果物屋で買ったみかんだけになってしまった。

それにしてもジャイプル、かなりすれた観光地である。寄ってくる人達が特に感じが良くないし、また観光地にいる人々もぼったくろうとする欲望が前面に出ていてすれまくりだ。

こういうところには長居したくないな。そう思った僕は、明日もう少しだけピンクシティーを観光したら、ここジャイプルをさっさと後にしようと、そう決めたのだった。

つづく

実はこれらの記述、日記に書いてあったから書けている状態で、僕にはこの日うろうろした様々な記憶がほとんどない。日記を読みなおしても、ほとんどその時のシーンが浮かんでこないのである。全く自分の記憶力のなさにあきれ果てるばかりだが、多分、ジャイプルにいいイメージがなかったので、記憶から消去されてしまったのではなかろうかと、そんな風に思ったりもするのである。


この記事は、リンクコラム形式になっており、記事中にも出てくる熊猫師(師)のブログ、「BBB」Baseball馬鹿 Blogでは、同時期における、彼の視点から見たアジア旅行について書いています。楽しんで頂けるかと思いますので、

↓ こちらをクリックして頂いて、
「BBB」 オレたちの深夜特急シリーズ
是非ご覧下さい。

※このアジア旅行は1996年から1997年にかけてしたものです。現在の各地の現状とは大きく違うと考えられますので、旅行者の方の情報源とは成り得ないと思います。ご注意下さい。

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  1. 2010/05/19(水) 23:33:30|
  2. 俺たちの「深夜特急」|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:2

  

コメント

生ジュース!

確かにオレ、生ジュースに気をつけろと言ったが、「飲むな」という意味ではなく、その点師が頑なにそれを守っていたということは嬉しくもあり、律儀だなと思うところだよ。

ざくろジュースか、オレは一度も見てないぞ。
生ジュースの一番はじめにそれを飲むというのはある意味ラッキーだったな。

師は北インドのみのインド周遊だったね。
南インドなども含めて比較すると、このラジャスターン州のインド人が一番熱かったような気がするよ。それは、激しやすいという意味でね。

さて、次はどこへ行くんだっけ?

  1. 2010/06/03(木) 00:55:46 |
  2. URL |
  3. 熊猫刑事 #-
  4. [ 編集]

恐怖

師のアメーバ○痢の話しは、俺に激しい衝撃と恐怖を与えたんだよね。

だから師が忠告してくれた以上に、俺は過敏に反応し、生ジュースに口をつけなかったんだ。律義っていうのとはまた違った感じだね。

なお、ザクロについてはトルコ、イラン、北インドなどの西南アジア原産という説もあるらしいから、ここジャイプルは結構なザクロ産地だったのかもしれないな。

俺のこの時のインドの旅はまさに北インドのそれも超メジャー観光所をピンポイントでって感じだった。まあ、一か所の滞在期間はそこそこ取ったけど。

この時の俺は、土地によっての人柄の違いなんて感じてる余裕は全然なかったなあ。もう激しいまでのインドパワーに対処するだけで一杯一杯だったからね・・・。

なお、次はタージ・マハルで有名なアーグラーへ向かうよ。ほんと、典型的なコースだね・・・。

ちなみにジュースというと、この旅から数年後、パラの大会でインドに行った時に、帰りのデリーでオートリクシャーのあんちゃんにおごってもらって飲んだ「サトウキビジュース」あれはヤバかったね。

いかにも、不衛生といった感じの作業台や、水道水を凍らしたと思われる氷使用など、その後行った大衆向け食堂のヤバい感じと同じく、胃腸をやられる感が凄い漂ってた。

この時は、体にインド免疫ができてなかったんだろうね。案の定というか、帰国してから約1か月近くに渡って、○メーバ赤痢かと思うような、激しい腹痛や下痢、微熱に襲われたもん。

その時は茨城だったから、医者に行っても、ヤブ老医者だったからか診断が「風邪です。」とかなんだよなあ。インド行ったって言ってるのに・・・。

で、別の医者に行って検査してもらったけど、ラッキーな事に伝染病ではなかったんだけどね。

  1. 2010/06/03(木) 18:47:29 |
  2. URL |
  3. 高鬼 #bBUgYcK2
  4. [ 編集]

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オレたちの「深夜特急」~ラオス編  ルアンパバン ?~

早朝の托鉢。神聖な空気に触れ、わたしの意識は深く、そしてずっと奥に向っていった。何故、今わたしは旅をしているのだろう。わたしはそろそろ何かの解を見つけなければいけないのかもしれない。
  1. 2010/05/27(木) 23:16:11 |
  2. 「BBB」